導入事例
宮古島は「エネルギー自給率向上」を目指し、再エネ+IoTをフル活用
※こちらの記事は2019年11月11日にASCII.jpで
公開された記事を再編集したものです。
文:大塚昭彦/TECH.ASCII.jp 写真:曽根田元
「一部では太陽光発電の普及はもう限界、などとも言われていますが、電力需給に対する旧態依然とした考え方さえ変えていけば、まだまだ太陽光発電の限界は遠いですよ」。ネクステムズ、宮古島未来エネルギーの社長を務める比嘉直人氏はそう断言する。
東京からおよそ2000km、沖縄本島の那覇からも約300km離れた宮古島。その宮古島では現在、市が主体となって「エコアイランド宮古島」を宣言し、地下水やサンゴ、動植物固有種などの「自然環境保全」や「家庭ごみ量削減」などと並んで、再生可能エネルギー活用と省エネルギー化を組み合わせた「エネルギー自給率の向上」に取り組んでいる。
この取り組みにおいて、太陽光発電システムやIoT技術を用いたエネルギー需給管理システム(EMS)によるフィールド実証に挑んでいるのが、ネクステムズと宮古島未来エネルギーだ。そして、このチャレンジの鍵を握る家庭設置用コントローラーを開発したのが京都の日新システムズであり、このコントローラーとクラウドをつなぐ通信サービスとして、さくらインターネットの「セキュアモバイルコネクト」が採用されている。
昨年(2018年)発表された政府の「第5次エネルギー基本計画」においては、2050年をめどに再生可能エネルギーを「主力電源化」する目標がうたわれている。その実現のためには、単に太陽光発電所などを増やすだけでなく、従来とは異なる電力システムや電力需給アプローチが必要となる。全国に先駆けてその実証に取り組む比嘉氏と日新システムズの内田雅宏氏に、取り組みの内容や未来像を詳しく聞いた。
再エネ本格活用で「エネルギー自給率50%」を目指すエコアイランド宮古島
沖縄県宮古島市は、政府から日本で唯一の「島嶼(とうしょ)型環境モデル都市」に認定されており、前述したエコアイランド宮古島宣言の下で“持続可能な島づくり”を目指した多様な取り組みを展開している。
そのテーマのひとつに「エネルギー自給率の向上」がある。宮古島における現在の主力電源は火力発電だが、沖縄本島と遠く離れた宮古島への燃料運搬には大きなコストがかかり、発電コストも割高だ。現在は助成金を受けており、住民は沖縄本島と同じ電気料金で電力を使えているが、いつまでも持続可能なかたちとは言えない。以前は沖縄電力のグループ会社に勤務し、宮古島メガソーラー実証設備のシステム設計などを手がけた経験を持つ比嘉氏は、「宮古島のような離島では、いかに発電し運用するかに苦労してきました」と語る。
宮古島市では、2018年策定の「エコアイランド宮古島推進計画」において、2050年をめどにエネルギー自給率を50%まで引き上げる目標を定めた。そして、そのための具体的なアクションとして「島嶼型スマートコミュニティ実証事業」をスタートさせている。
この実証事業は、太陽光発電などの再生可能エネルギーを大量導入しつつ、EMSによって島内電力の需要と供給をリアルタイムに監視/コントロールして、需給バランスを最適化していくというものだ。需要側(つまり電力消費側)も積極的にコントロールしてピークシフト(負荷平準化)を行い、再生可能エネルギーの効率的な活用につなげる点が大きなポイントである。
このフィールド実証事業(第三者所有設備を活用したエリアアグリゲーション実証)を受託したのがネクステムズだ。ネクステムズでは実証事業の第一段階として、一般家庭へのHEMS(家庭向けエネルギー需給管理システム)導入と、その活用による電力需給コントロールの実証を進めている。そしてそのベースとなっているのが、宮古島未来エネルギーが普及を進めている家庭向けの太陽光発電である。
宮古島未来エネルギーでは、一般家庭に太陽光発電システムや蓄電池、ヒートポンプ給湯機の「エコキュート」、EV充電器などを設置し、そこで作られた電力や温水を販売するビジネスを展開している。この10年ほどの急速な技術進化によって、現在の太陽光発電は、他の発電方式に負けない価格競争力を持つようになった。ただし設備を導入するための初期コストが大きいのが難点だ。この課題をクリアし、普及率を迅速に高めるために、同社では「第三者所有モデル」(PPAモデル:Power Purchase Agreement)を採用した。
「これは太陽光発電システムやエコキュートといった設備を各世帯の負担で導入するのではなく、宮古島未来エネルギーが一括調達し、所有したまま屋外設置させていただくモデルです。ご契約いただいた世帯は、太陽光発電した電力やエコキュートで沸かしたお湯を従量課金型で割安に購入利用できます。さらに、そこで余った電力を沖縄電力に売却して、われわれの収益とします」(比嘉氏)
同社のWebサイトを見ると、たとえば戸建住宅向けには電力1kWhあたり20円(蓄電池なし)/27円(蓄電池あり)、温水100リットルあたり50円で販売を行う。10年間(または5年間)契約が前提だが、設備設置費は無料、毎月の基本料金もなしの価格設定だ。
宮古島未来エネルギーではこの事業の第一弾として、2018年に市営住宅40棟、およそ200世帯と契約し、各世帯への太陽光発電システムやエコキュートの設置を行った。これに続いて現在は、戸建住宅向けの募集を行っている。ここでは蓄電池設置を含むプランも提供し、さらに太陽光発電の利用率を高めていく狙いだ。
ちなみに宮古島未来エネルギーのビジネスモデルは、電力の固定価格買取制度(FIT制度)を活用しないものだ。沖縄電力と直接、売電契約を結んでおり、「電力系統が喜ぶかたち」(比嘉氏)での電力供給を目指している。
電力の供給側だけでなく需要側もコントロールし、全体を最適化する
しかし、よく知られているとおり、太陽光発電は日照量に応じて短い周期で発電量が大きく増減する「変動性電源」である。これを主力電源に転換していくためには「安定性電源」として扱えるようにしなければならない。
また電力会社側も、太陽光発電の電力を無制限に受け入れられるわけではない。電力系統(電力網)は全体の需給バランス、つまり発電量と消費量が常に一致していなければ、地域全体がブラックアウト(大規模停電)する危険性がある。
こうした難問をクリアしつつ、太陽光発電の比率を高めていくためには、発電側の安定制御(常時出力抑制)だけでなく、需要側もダイナミックにコントロールする必要があると、比嘉氏は指摘する。簡単に言えば、これまでの常識だった「電力消費の多い時間帯に多く発電する」という考え方を、「発電量の多い時間帯に多く電力消費する」考え方への転換だ。
前述したネクステムズのフィールド実証では、IoT技術を適用してその実現に挑んでいる。宮古島未来エネルギーが展開する家庭向け設備に、通信機能を持つHEMSゲートウェイを取り付けてデータの収集やリモート制御を可能にし、クラウドからの動的なコントロールを行うというものである。
たとえば、家庭内で大きな電力消費割合を占めるエコキュートのリモート制御だ。一般的にエコキュートは、夜間の余剰電力を利用して朝6時に温水が沸き上がるようタイマーがセットされている。だが、太陽光発電による電力の有効活用を考えると、むしろ日中に温水を沸き上げるほうが効率的だ。しかし、発電量はその日の天候や季節の影響を大きく受けるため、単純にタイマーで固定された時間帯に稼働させればよいわけでもない。
そこでHEMSゲートウェイの出番となる。クラウドからHEMSゲートウェイを介してその家庭の発電量や電力消費量をリアルタイムに監視し、余剰電力が生じている時間帯にエコキュートを稼働させるわけだ。同じように、各世帯に設置された蓄電池やEV(電気自動車)への充電も、電力の需給バランスを監視しながらコントロールする。こうした制御を各世帯だけでなく一定エリア、あるいは電力系統全体にわたって実施できるようにするのが将来的な目標だ。
ここで難しかったのが、マルチベンダー機器への対応だったという。比嘉氏によると、太陽光発電システムや蓄電池、エコキュートなどのメーカーは基本的に「シングルベンダー」の発想であり、自社製品どうしの接続テストは行っているものの、他社製品との接続は保証されていないという。
「ECHONET Liteは標準プロトコルであり、各メーカーとも一応は他社製品との接続を許諾しています。しかし問い合わせてみると、他社製品との接続テストは『やったことない』『動作するかどうかわからない』と言われてしまいました。そこで、独立した立場でマルチベンダー接続ができる日新システムズさんにお願いすることにしました」(比嘉氏)
実際に両社がマルチベンダー接続のテストを始めたころは、標準仕様どおりに通信をしても、相手側機器がおかしな挙動をするケースが多かったという。そこから各メーカー/機器の“クセ”を読み取り、チューニングを重ねることで問題を解消していった。
もうひとつ、今回のHEMSゲートウェイは屋外設置が前提であり、過酷な環境下でも長期間、安定動作しなければならないことも課題だった。ソフトウェア面では豊富なスキルと実績を持ち、組み込み系のボードやモジュールにも知見を持つ日新システムズだが、こうした耐環境性が求められるハードウェア設計はあまり実績がなかったという。
「屋外設置されるハードウェアですので、真夏の直射日光にも風雨にも耐えられなければなりません。特に宮古島の場合は、自動車もひっくり返すような強力な台風がやって来ます。そんな猛烈な暴風雨にも耐えられ、なおかつ何年間も安定稼働できるハードウェアが必要でした」(内田氏)
設計と試作、テストを繰り返し、現在の最新版ハードウェアは防塵防水性能(JIS保護等級)が「IP66」となり、外気温60℃環境で4時間の稼働テストもクリアしている。実証実験においてすでに数カ月間、屋外設置しているが、暴風雨にも真夏の暑さにもしっかりと耐えているという。
エネルギーIoTの要件をすべて満たした「さくらのセキュアモバイルコネクト」
このHEMSゲートウェイとエコキュートや蓄電池などの機器は、Ethernetケーブルで接続している。当初はWi-Fi接続も検討したが、さまざまな設置環境が考えられること、特に宮古島は鉄筋コンクリート建の住宅が多いことなどの理由から、通信の確実性を担保するためにケーブル接続を選択したという。
一方で、クラウドと通信を行い、リモートからの制御を可能にするWAN回線の選択は悩ましい問題だったという。内田氏は、どんな設置場所でも接続できる回線の安定性、そしてサイバー攻撃や通信傍受を防げるセキュリティの高さという2点を特に重要視したと語る。特に通信のセキュリティについては、エネルギー機器を扱うIoTシステムにおいては必須の要件だという。
このHEMSゲートウェイは、各家庭に設置された機器のデータを1分ごとにクラウドへ送信する。具体的には各機器の稼働状態に加えて、太陽光発電の発電量(供給量)と、エコキュートや蓄電池などの電力消費量(需要量)といったデータだ。このリアルタイムデータに基づいて、センター側から各機器をコントロールする。
「各キャリアのLTE回線はもちろん、IoT向けのLTEカテゴリM1、LoRaWANといったLPWA、さらにWi-Fi、Zigbeeなど、合わせて20種類くらいの通信方式を試し、コストも比較しました。各家庭の電力需給をリアルタイムに監視して機器をコントロールするものですから、まず、速度の遅い通信方式は使えませんでした」(内田氏)
高速通信が可能であり、離島でも通信インフラの整備が行き届いているLTEがベストな選択肢だったが、通信コストの高さがネックだった。当時はまだ各キャリアとも、IoT向けの安価な通信プランはラインアップしていなかった。
「各キャリアの価格や性能を比較検討していたちょうどそのころ、以前からお付き合いのあるさくらインターネットから、『IoT向けの新しい通信サービスができました』と連絡をもらいました。それがセキュアモバイルコネクトでした」(内田氏)
内田氏は「セキュアな閉域網接続」「IoTデバイスごとでなくセンター側での一括課金」「センター側からの有効/無効切り替え」の3つを満たすLTEサービスを探していたが、さくらのセキュアモバイルコネクトはそうした要件にすべて合致していた。料金も手ごろだったので、すぐに採用が決まったという。
実証実験での体験から、内田氏は「LTEを選んでおいて良かった」と語る。HEMSゲートウェイのソフトウェアをアップデートしたい場合でも、エンジニアが各家庭を訪問することなく、高速回線を通じてリモートから配信することができる。またセキュアモバイルコネクトでは1台ずつ管理できるため、たとえば新しい接続機器を追加する顧客の家庭にのみ、追加ソフトウェアを配信するようなこともできる点も評価しているという。
また比嘉氏は、将来的に他地域へのサービス展開を考えるうえでも、やはり既存の通信インフラを利用できるLTEを採用できた意味は大きいと説明する。
「たとえば久米島や石垣島といった他の離島で同じサービスを展開するとしても、LTEならばすでに基地局が設置されているのですぐに横展開できます。(セキュアモバイルコネクトを採用したことで)便利な仕組みができたと思います」(比嘉氏)
さとうきび畑の散水も"ピークシフト"、農業EMSへの展開も
今回のフィールド実証では、家庭だけでなく農業へのEMS適用も取り組まれている。宮古島の主要農作物であるさとうきび畑への散水作業を、HEMSゲートウェイを使って自動化するというものだ。これもまた、宮古島全体の電力需要を平準化するための取り組みだという。
宮古島はもともとサンゴ礁(琉球石灰岩)が隆起してできた島であり、梅雨や台風シーズンに大量の雨が降るものの、雨水はすぐに地中へ浸透し、地下深くを通って海へと流れ出してしまう土地だった。河川はなく、生活用水や農業用水は井戸からくみ上げていたが、小雨や干ばつの年には地下水も涸れてしまい、大きなダメージを受けていた。
特に農業用水の安定確保は島の産業にとっての“生命線”であり、その課題を解決するための灌漑事業として、1980年代から「地下ダム」建設が進められてきた。これは地中に大きな止水壁を建設して地下水をせき止め、大量の水を貯水するというものだ。この水は電動ポンプで山上の農業用水用貯水タンクに揚水され、そこから各畑に送られる。
だが、さとうきび畑への散水作業が特定の時間帯に集中することで、島の電力需要全体に大きな影響を及ぼしていると比嘉氏は説明する。
「兼業農家が多いため、さとうきび畑の散水作業はたいてい夕方に行われます。散水によって貯水タンクの水が一気に減り、170基ある電動ポンプが一斉に作動して地下ダムから水をくみ上げるのが19時から20時ごろ。これが島全体の電力需要を1割程度も引き上げてしまいます」(比嘉氏)
さとうきび畑の散水作業は、撒いた水がすぐ蒸発してしまう昼間以外ならばいつでも構わない。それならば、散水バルブの開閉を機械化して夜間や早朝に散水するようコントロールすれば、島全体、電力系統レベルでの電力需要平準化に役立つはずだ。両社では現在、HEMSゲートウェイに接続できるバルブ制御装置を開発中であり、これが完成すれば自動散水が実現するという。
さらに粒度と精度の高い予測を実現し、未来の「分散型電源社会」に備える
今回のフィールド実証やシステム改良の取り組みは、2020年度末まで続く予定だ。HEMSゲートウェイについては、11月ごろに量産試作バージョンをリリースする予定としており、フィールド実証の結果を受けて不要な機能を省いてシンプル化し、価格も「従来の4分の3程度」(内田氏)に低廉化させる。
今後のさらなる機能強化について、内田氏は「『予測』の能力をさらに進化させていくこと」だと語った。将来的には機械学習技術も適用しながら、さらに電力の需給予測の粒度と精度を高めていく。
「現在のような地域、電力系統レベルでの需給予測だけでなく、各家庭ごとの正確な予測も必要だと考えています。またHEMSゲートウェイには、たとえ通信ができなくなっても自律的に判断して稼働できるような“頭脳”も必要でしょう」(内田氏)
比嘉氏も「宅内レベルの最適化」と「地域レベルの最適化」には役割分担があり、沖縄電力とも協力し合いながら、より精度の高い需給予測を実現していきたいと述べた。沖縄電力とは、それぞれが持つデータを相互共有する方向で話し合いを進めている。各家庭レベルの詳細な電力需給データを収集する仕組みができているので、これまで他地域では実現できなかった高度なレベルでの地域最適化も可能だろう。
比嘉氏は、政府や経済産業省の方針に基づいて、再生可能エネルギーの大量普及に向けた波が再び来るはずであり、「その波を地域がうまく受け止められるように取り組んでいかなければなりません」と語った。宮古島で今回のビジネスモデルが実証されれば、エネルギーコストに同じ課題を抱える全国の離島、地域にも展開していく方針だという。
「大きな目標としては『既存の電力システムを変えること』。太陽光発電などの分散型電源を安定的に、安心して使えるように電力システムを最適化してくことです。それが実現すれば、発電所を止めて地域の電力だけでやり切っていけるようになる。そのための技術は次々に出てきていますから、それらをうまくつなぎ合わせたら、やがて『分散型電源社会』が実現すると考えています」(比嘉氏)
株式会社ネクステムズ
事業内容
- エリアアグリゲーション事業(AA事業)
- 制御システム開発事業
- エネルギーコンサルティング事業
- 宮古島実証事業推進
設立
2018年4月24日